【雄踏につたわる昔話】
◆権六のたたりのはなし

 江戸時代の中期、米の不作が続き、飢饉が起こりました。ある日、何者かによって、山崎の村で非常用に備蓄してあった米が盗まれるという事件が起こりました。村人たちは犯人を捜しましたが、米を盗んだのが誰かはわかりませんでした。

 当時、権六という村でもっとも気の弱い男がいました。権六の家庭は貧しく、しかも彼には病気の家族がいました。村人は次第に、権六が病気の妻に食べさせるために米を盗んだのだといううわさをするようになり、結局、権六が盗みの犯人に仕立てあげられてしまいました。

 村役人は、権六の無罪の主張には全く耳をかさず、山崎の堂島に穴を掘り、権六の家族全員を生き埋めにして皆殺しにしました。ところが、その後しばらくすると、村に悪質の伝染病がはやりだし、死者がでるようになりました。村人は、これは権六のたたりに違いないと考え、地蔵様をつくりました。すると不思議なことに伝染病はなくなったそうです。

 それ以来、山崎の住民は、西光寺に祭られたこの地蔵を「権六地蔵」と呼び、大切に供養しています。



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