
雄踏町は、浜名湖の南側に位置する浜名郡3町のうちのひとつです。 具体的には、浜名湖南側に位置する雄踏町・舞阪町・新居町を、浜名郡3町といいます。昔は浜名郡にはもうひとつ、浜松市の中に島のように可美村という村があり、可美村は軽自動車で有名な某自動車会社S社の本社からの多額の税収があるため「日本で二番目に豊かな村」と呼ばれていましたが、だいぶ前に浜松市に吸収されてしまいました。以下、雄踏町の概要について簡単にご紹介します。
雄踏町は、近隣町村が浜松市に合併・吸収されるなかで、浜松市とは一線を画し、独自の発展を遂げてきました。特に浜名郡3町のうち、雄踏を除く舞阪町と新居町の二つの町は、日本で町制が敷かれて以来、一度も「合併」も「名称の変更」もしたことがありません。これは独立独歩で歩んできたという全国的にも極めて珍しい自治体です。一方、雄踏町は、「宇布見村」と「山崎村」の合併を経て現在の形になっています。いずれにしても現状では独立志向が強いようです。この背景には、浜名湖ボート(競艇)の存在があります。この三町は、これらの町と周辺の一部自治体が出資してできた浜名湖競艇から、収益分配金の恩恵にあずかることができるのです。たとえば、雄踏町は人口たった14,000程度の町ですが、年15億円程度(現在は相当減少している)の競艇収益分配金が入った年もありました。そのため、町民のあいだには「浜松市と合併してもメリットのほうが少ない」という意見が強く、合併を考えるのはまだ先の話になりそうです。しかし近年、財政基盤が弱ってきていることも事実であり、抜本的な対策・戦略の構築が求められているといえるでしょう。
【雄踏町の概要】
雄踏町(ゆうとうちょう)は、静岡県西部、浜名湖の東岸に位置する小さな町です。人口はおよそ14,000。面積は8ku強と、静岡県で2番目に狭い町であります。地理的に隣接するのは東側の浜松市だけで、その他浜名湖の一部を挟んで舞阪町などとも隣り合っています。
雄踏町では競艇の収益金などの財源を、公共事業につぎ込んできました。ホールつき文化センターや豪華な中学校、サッカー場やソフトボールコート、各種プール、テニスコート、アスレチック、芝生公園のある浜名湖を望む総合公園を整備しています。最近、図書館を改築してなかなかの施設ができました。
町名である雄踏の名の由来ですが、ヤマトタケルノミコトが東征のおりにこの地に立ち寄り、名づけたということになっています。もともとは宇布見村と山崎村だったものが明治22年に合併して雄踏村になり、大正14年、町になりました。昭和40年代末期に、つるが丘と雄踏パークという住宅地が開発され、人口が増加、浜松市のベッドタウンとしての性格が強まりました。
産業は農業・漁業のほか、自動車・二輪車産業関連の工場があり、第一次産業と第二次産業が盛んです。なかでもうなぎの養殖は、歴史的に浜名湖ブランドの中心地といえるでしょう。
町出身の全国的な有名人として、名誉町民でもある「フジヤマノトビウオ」と呼ばれた水泳選手・JOC元会長の古橋廣之進氏、作曲家の西條キロク氏などがいます。また、過去にはうなぎの養殖や浜松経済界で活躍した町の有名人も多くいました。
以上が町の紹介ですが、最近では地元に戻ってくる若者が少なく、人口の老齢化とあわせて町の将来に大きな不安を抱かせている面があることは否定できません。また、浜名湖競艇からの分配金も急速に減少しており、町の財政基盤が揺らいできていることも今後の課題といえるでしょう。
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