【浜名湖の偉人たち】

雄踏町教育委員会編「わたしたちのまち雄踏町」に掲載された4名をとりあげます。

中村音作中村音作
(なかむらおとさく)

1838年雄踏町生。莫大な私財を投じ、苦労しながら雄踏の宇布見と馬郡(現在の舞阪駅付近)に橋をかけた。この「音作橋」により、当時、舞阪方面には船で行くしかなかった雄踏の村民の不便さは解消、村発展の基礎をつくった。

山田谷吉山田谷吉
(やまだたにきち)

1863年雄踏生。雄踏一帯の田畑を整備し、反対する村民を説得しながら浜名湖の埋め立てを進めて養魚業を盛んにした。後にうなぎの蒲焼き缶詰を発明。その後缶詰づくりは当時地域唯一のうなぎ加工メーカーとして設立された「浜名湖食品株式会社」に引き継がれた。

坂下仙一郎坂下仙一郎
(さかしたせんいちろう)

1876年雄踏生。実業家、政治家。昭和初期まで農漁業くらいしか産業がなかった雄踏の町は、氏の3期にわたる衆議院議員兼町長としての活動により大きく経済発展をとげていく。静岡県西部地区では初めてとなるバス会社「坂下自動車商会」を設立するなど、実業家としても幅広く活躍した。

古橋廣之進古橋廣之進
(ふるはしひろのしん)

雄踏町名誉町民。1928年生まれ。説明する必要がないほどの有名元水泳選手「フジヤマノトビウオ」。JOC前会長。身体上のハンデを抱えながら、また「日本で使っている記録測定用の時計はおかしい」という世界の疑惑をはねのけながら、水泳の世界記録を次々と更新。古橋選手の大活躍は、敗戦でうちひしがれていた終戦直後の日本人に大きな希望をあたえた。



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